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2008.05.11

じいちゃん

1ヶ月近く前の話である。

母方の父親であるじいちゃんが亡くなった。
数えで91歳と聞いている。
大往生である。

じいちゃんは体調をくずして入院していたが、
入院中は定期的に病院に通っていた。

ボクの入社日、初仕事を終え、飯を食って
気分転換にパチ屋に行っていたときである。

自分の携帯に電話がかかってきていたが気づかなかった。
その後メールが来たので、メールの内容を見た。

「じいちゃんが亡くなった。至急連絡されたし」

母親からのメールだった。

まじかよ。
すぐに電話をし、状況を伺った。
信じられないが、冗談を言える内容ではない。
本当に死んでしまったのだろう。

すぐにじいちゃんのところに向かって、
次の日仕事を休もうと思ったが、入社して2日目から欠勤は
いただけない。

とりあえず明日は会社に行けとのこと。
とてもパチンコのテンションではない。
家に帰って、じいちゃんとの昔の出来事を思い出しながら
おとなしく焼酎を飲んだ。

自分の名前をつけてくれたのも、実は親ではなく、
じいちゃんだそうだ。
昔からよくかわいがってくれて、戦争の話や、
いろんな遊びの話、女郎の話まで、いろんな話をしてくれた。
お小遣いもよくくれた。
いい思い出しか出てこない。
トークも非常に面白くて大好きだった。

でもなぜか涙が出ない。
あまりに身近であったため、いつでも会える、
死んだという実感がないのだろう。

次の日、会社に行って、上司に報告。
「すぐ帰れ。そっちを優先しろ」
と言ってくれた。

朝、速攻でじいちゃんの待つ葬儀場に向かった。
この日が通夜で、次の日が葬式である。

葬儀場に着くと、母親や親戚の人たちが、
じいちゃんを見てあげて。と促す。

ぼくはじいちゃんが寝ている前の顔の横に座った。
呼びかけると目覚めるような感じの顔をしていた。
酒が大好きだったので、木の葉を使って口を酒で湿らす。
体が硬くなっているのが木の葉から伝わってきた瞬間、
涙がこぼれてしまった。

ぼくはすぐに部屋を出た。

しばらくすると弟が駆けつけてきた。
弟はじいちゃんの顔をずっと見ていた。

親戚のおばちゃんは、じいちゃんがまるで
生きているかのように話しかける。
これがまた、なんとも切なくなるもんだ。。

もともとじいちゃんは九州出身であり、九州からも
夜遅くに親戚の方が続々と集まってきた。

坊さんも来て通夜も終わり、親族は葬儀場で
飯を食った。じいちゃんとの最後の晩餐ってやつだ。

じいちゃんの話が出ると空気が暗くなるため、
じいちゃんの話は出すなという暗黙の了解が
すでに出来上がっている。

親戚一同、飯を食うのも正直それほど機会はない。
いろんな話をしているうちに夜中の3時か4時ごろになった。
大半が寝てしまったが弟とボクと母親の3人になり、
朝まで起きておくつもりだったが、子供たちは早く寝ろとのことで、
結局寝ることにした。母親は朝まで起きていたそうだ。

翌朝、葬式には坊さんが2人来た。
冠婚葬祭は全国統一かとおもいきや、実はいろんな地域差があるそうだ。
ちょっと勉強できた気がする。

葬式ではいろんなトラブルが起きたが、忘れられない
じいちゃんらしい葬式になった。

じいちゃんに顔を見せにいくと、毎度のように
早く結婚しろ、ひ孫を見せろと言われていた。
それを見せられなかったのが一番の心残りである。

そのうち結婚できたら、結婚するよ。
いつになるかわからんけど。
のんびり気長に待っといてやー。

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コメント

thanks

そのうちね。

投稿: tetman | 2008.05.12 22:43

人の人生には自分が主役になれる時が3回あるのだそう。

生まれた時、結婚式、そして死んだ時。

生まれた時と、死んだ時は自分は分からない。

となると結婚式だけが自分の思い出として残る晴れ舞台。

盛大な結婚式を挙げて、天国のじいちゃんにも報告や。

そのうちね。

投稿: k139 | 2008.05.11 19:44

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